創価学会を斬る!

レポート
創価学会
私は、集団ストーカー犯罪に遭遇し、まさか宗教団体の創価学会が絡んでいるという事は、当初想像もしませんでした。
しかしこの犯罪の動員数の多さを考える時、日本国内では、この教団を置いて考えられないであろうと思われる範囲と、老若男女、子供まで参加する異常さを見る時、この創価学会を外して考える事はできないと思いました。
そして私のルーツをたどると、この宗教団体には大きく関わりがあるのです。
そこで国内の被害者さんの大多数が口を揃えて犯人は創価学会だと言う論理に対し、わたしの経験から、この宗教団体の事を解説してみたいと思います。
勿論それ以外の宗教団体も、この犯罪に関与し世界的に考えると創価学会の力だけでやっているとは思ってはいませんが、日本に集約して考える時この教団を、まず筆頭に挙げられるそれなりの理由があります。
しかし要らぬ恐怖や、要らぬ誤解を招かず、1つずつ組織の存在や内容、現状の真実を明らかにし、被害者さんに把握してもらい過大評価や過大解釈を排し陰謀論的なネット情報だけを元にしたものではなく、同時代を生きた感想も含めて、未成熟な人が集まり欲望が渦巻き自然に行き着いた結果である事を知ってもらい、宗教に対する嫌悪感を被害者さんは持っていますが、また他宗教の人も歴史が生んだ事実として考えてもらえればと思い、自身の信仰にも関わることですので謹んで書いて参ります。      
                                            2020年3月の押越レポート

今2025年2月ですので、この考察をした時と創価学会、公明党は池田大作の死を発表以降弱体化しています、ほんの5年で大きく変化している事もふくめて皆さんも考えてください。
創価学会の成り立ちを説明する前に、まずその背景を解説いたします。
一般の人にも分り易いように、私の個人的信仰心とは別に、客観的に御説明致します。
創価学会は日蓮正宗の信徒団体であり、日蓮上人の教えを根本とする仏教系の教義と本尊から始まった教団です。
現在は創価学会と言えば、宗教団体とすらも思わない政治結社か創価大学等の教育機関か、得体の知れない団体的に考える方もいますが、仏教の教えを元とする宗教法人です。
しかし現在は、その総本山であった大石寺から解散処分をうけているので、もはや仏教を基にする宗教団体とも言い切れない存在です。
仏教も御釈迦様以来、分派しチベット仏教や日本の浄土真宗や、真言宗や禅宗等にキリスト教等と同じように分かれて、いくつも存在します。
その中で創価学会が基本とする仏教は、日本の鎌倉時代の仏教で最澄、空海、法然、親鸞、日蓮が有名ですが、日蓮の教えを元とします。
その日蓮を元とする宗教で日蓮宗の中でも分派し池上派、身延派、富士派と分れている中の富士派と呼ばれる富士大石寺を元にしています。
一般にお題目と呼ばれる『南無妙法蓮華経』という言葉を唱えます。一方法然親鸞の浄土真宗は『南無阿弥陀仏』と唱えます。
『南無』とは帰依する、命を返すと言う意味で、浄土宗は阿弥陀仏に帰依すると唱える分けです、日蓮宗は妙法蓮華経という経に帰依すると言う意味であります。
鎌倉時代、仏教の修行として、禅宗のように座禅をすることにより悟りを得るという身体を使う方法と、口で唱える修行と、真言宗のように祈る修行が流行りました。
その中で日蓮の説く法華経に帰依すると言う言葉を口唱する教えは、他と違い強力に他の宗派を否定し、この教えだけを信じなさいと言う教えで、日蓮は文応元年(1260年)7月16日に鎌倉幕府の最高権力者、北条時頼に『立正安国論』提出します。
その中には浄土宗、禅宗、真言密教等の間違った教えが蔓延ることにより災害や飢饉や疫病が広がり、やがては隣の国が攻めて来ると言う内容のもので、実大乗経である法華経に帰依しなさいと締めくくるのです。
それに逆鱗した鎌倉幕府は日蓮を伊豆流罪、龍ノ口死罪、佐渡流罪とされますが、実際に『元寇』文永の役(1274年)、2度目を弘安の役(1281年)が起こり、鎌倉幕府は慌て、日蓮の言った事が正しいのではないかと思い、佐渡流罪を赦免します。
そして日蓮宗が確立して行くのです。
さて、その日蓮宗系の宗派で分派した中の創価学会は、どれに属しているかと言えば、日蓮宗富士派と呼ばれた大石寺です。
後に日蓮宗と差別化する為に日蓮正宗となります。
(現在の静岡県富士宮市上条2057番地 )
その分派は日蓮無き後、日蓮の弟子6人の内五老僧と日興という弟子に分かれます、それは五老僧は日蓮を仏より低い菩薩の位置に置いたのです。日興の一門は日蓮を仏の位に位置づけました。
この日蓮を仏の位置にした日興の建てた大石寺を日蓮宗では無く日蓮正宗と言います。
ここに創価学会は属していたのです。
その弟子日興の大石寺、日蓮正宗は日蓮の他宗否定を受け継ぎ現在に至っています。
日蓮宗は釈迦を本尊とし、日蓮を菩薩の位置にし他宗教と共存し、否定を止めました。
因みに余談ですが、現在の幸福の科学の教祖大川隆法は最初に霊が乗り移ったと言ったのは、この日興上人でした。
日蓮正宗の有名人
〇水戸光圀(天下の副将軍)
○葛飾北斎(富嶽三十六景作家)
○宮沢賢治(作家)
○田中智学(国柱会)
これが創価学会以前の日蓮正宗の歴史です。
戦前の昭和5年、尋常小学校の校長であった牧口常三郎と、戸田城聖ら当時の教育者などが集い、創価教育学会として法華経の教えを教育に生かすという集まりで創価学会の前身として創立されます。
当時、新渡戸稲造、柳田國男、犬養毅ら28名が参加。
牧口常三郎が一代目の会長、戸田城聖は理事長となる。
戸田城聖は現在の学習塾の先駆けである「時習学館」を主宰し、学習参考書の走りともいえる『推理式指導算術』を出版する。『推理式指導算術』は評判を呼び、100万部を超えるベストセラーとなった。当時の受験生からは「受験の神様」と呼ばれる。
戦前の創価教育学会というのは、日蓮正宗とは関係のない個別の教育者の組織ですが、牧口や戸田は強く影響を受けていました。
大東亜戦争中の創価学会の前身創価教育学会
1943年(昭和18年)日本は戦争に入り国家神道の元、伊勢神宮の神札をお寺にも祭るように命令されます。
牧口、戸田はこれを拒否し、教育学会の26人が逮捕され、治安維持法違反により東京拘置所に収監され、牧口会長は栄養失調の為獄死を遂げます。
牧口は、もう少し早く大正期から、この理念で教育改革、更には政治改革を成し、力を蓄えていれば、戦争突入時も変化が期待されたかもしれません。
しかしその死は、日蓮上人の精神からは、褒められる行為であり、戦後創価学会が、国家神道により敗戦した反動として大きくなる力ともなる死でした。
1945年(昭和20年)戦後生き残った戸田城聖は、創価教育学会を改め創価学会と改称し再建を図る。
ここからは、集団ストーカー被害者の方も知る名称や人物が登場し、現在に至る結論と、現状の創価学会の知らない上での過大評価と被害者さんが持つ憎しみから来る嫌悪感を、再評価してもらいたい部分です。
拘置所を出所した、戸田城聖は東京で会社を設立し、創価学会は日蓮正宗富士大石寺の一信徒団体として認証されます。
1951年(昭和26年)創価学会第2代会長に就任する。
三千世帯だった創価学会を七十五万世帯にすると「折伏大行進」を打ちだす。(折伏とは宗教の布教活動の一種)創価学会は拡大路線をとった。
1952年(昭和27年)9月8日創価学会が宗教法人化される。
我々集団ストーカー被害者にとって創価学会の三代目会長になる池田大作は、ここから登場して来ます。
池田大作は1928年昭和3年東京都大田区大森北に生まれ、日蓮正宗富士大石寺への入信は戦後の1947年昭和22年19歳という事になります。
池田は創価学会二代目会長戸田の経営する金融会社に就職し頭角を現す、池田大作23歳の時です、借金の取り立てが凄く上手かったとは日蓮正宗の僧侶の話です。
学会内部でも幹部にのし上がり、結婚もし順風満帆の若者でありました。
戸田は創価学会から選挙に出る事を勧め「文化部」を制定。
1957年(昭和32年)理事長の小泉、渉外担当池田が公職選挙法違反により逮捕される。
1958年(昭和33年)二代目会長の戸田城聖が死去、創価学会の会長の座は空位となり戸田の側近の小泉が代わりを務める、その間池田は戸田の側近を取り込み二年後の
1960年(昭和34年)創価学会三代目会長に就任。
公明政治連盟(1961年、昭和36年11月結成)
この年国立競技場にて男子部精鋭十万結集の総会を開催

1961年、昭和36年11月結成国立競技場にて男子部精鋭十万結集の総会を開催
最近デモ等が起こっているが、この時代に一つの目的に一決している男子だけが10万人集めるのはなかなか難しいが、近いがもしれません。
しかしこの時池田は勘違いしましたね、

それから半世紀経過し結果政権与党の末席、自身は死んだのか生きてるのか定かでない状態、そして集ストテク犯を残したのか?あー!

1964年(昭和39年)11月17日に公明党結党
         創価学会の選挙活動開始
1969年(昭和44年)言論出版妨害事件を切っ掛けに公明党と創価学会の位置について政会から追及される、「政教分離」を打ちだす。
 
1970年(昭和45年)共産党委員長宅盗聴事件 池田証人喚問の噂
        宗内で正本堂建立をめぐる顕正会(当時妙信講)と        の論判、ここでも池田は盗聴していたと顕正会側        の主張
1971年(昭和46年)創価大学開校
1972年(昭和47年)広宣流布達成と正本堂建立
        日中国交正常化 周恩来と田中角栄、日中共同声        明 公明党の竹入委員長等による中国への橋渡し        が成された。池田は、この手柄を自身のものと竹        入を疎んずる。
この当時創価学会は公称800万世帯、1200万会員と宣伝した。
1974年(昭和49年)信濃町創価学会本部襲撃事件、顕正会(当時妙信講)により教義上トラブル。同年宗門から顕正会解散処分
創価学会、共産党との相互不干渉協定を結ぶ。
1975年(昭和50年)SGI創価学会インターナショナル発足
1976年(昭和51年)月刊ペン事件
1979年(昭和54年)池田大作会長職を辞職し、名誉会長に四代目会長に北条
1980年(昭和55年)反学会急進僧侶により正心会結成
        四代目会長北条死去、副会長だっ秋谷が五代目会長に
1991年(平成3年)日蓮正宗大石寺から創価学会に「解散勧告」がなされる。池田の僧侶を軽んじた発言と法儀に反する行為が原因。
同年11月28日 – 日蓮正宗宗門が創価学会および創価学会インタナショナル(SGI)を『破門』する
これで文字通り既存の仏教の寺院から追い出され、邪宗教、カルト宗教となる。
1992年(平成4年)池田が日蓮正宗から信徒除名処分にされる。
それ以降創価学会と日蓮正宗で泥沼の訴訟(偽造写真事件等)を含め争う事になる。
1993年(平成5年)オウム真理教による池田大作サリン襲撃事件学会の会館周辺にサリンを噴霧される。
この年、否自民野党の細川政権が発足、公明党は結党29年にして政権与党
参画。
1995年(平成7年) 9月東京都東村山市議会議員朝木明代の死に関連して市議が自殺前に創価学会を批判していたことから、創価学会による謀殺と噂されるが真偽は隠されたまま。
1996年(平成6年)池田レイプ事件裁判
1999年(平成9年)自公連立政権、小渕内閣発足、これ以降現在まで公明党は政局のキャスティングボートを握る。
2008年(平成18年)国民新党の亀井静香代表が国会にて、創価学会がストーカー行為や脅し、学会の会館を選挙活動に使用し、池田の事も揶揄するような質問をした。
2009年(平成19年)元公明党委員長矢野絢也による「黒い手帳問題」創価学会の敗訴
大石寺から破門されて以降の創価学会は教義も捏造、本尊も捏造、池田教と成り下がる。
2014年(平成26年)教義や本尊に対し完全に独自路線を表明、完全邪宗教表明。
2000年以降、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギー、オーストリア、チリからカルト指定される。
イギリスのBBCニュース、フランスのテレビ番組でのカルト特集として取り上げられる。
獄死した一代目牧口会長や草創の信者の気持ちはいかばかりか。
そして現在は池田の生死すら分らない状態である。

哀れかな、半世紀以上にわたる池田支配の創価学会の末路、もう先は無いと思われます。

現在池田大作が亡くなった事を発表した後の2025年で創価を叩く人たちもおおくなりましたが、2020年当時誰一人このような動画を作り街宣で叫んでいる人はいませんでしたし、一般人は関心がなかった。
総括しますと、創価学会は三代目の池田大作から、大きく変化していくのですが、そこには宗教理念や教義上では無く、池田個人の指向や野望、欲望というものが反映され、その臆病さ狡賢さ等から、当初から盗聴等の手段を使い、反対勢力の情報を得、優位に事を運ぼうとする下地があり、会員はマインドコントロールされ、ピーク時には「文化祭」なるイベントを各地で催し、北朝鮮さながらのマスゲームを会員にさせ悦に入っていた。
ここには、被害者さんが言う創価学会説を裏付ける要素が色濃く見られ、矢野絢也の黒い手帳事件裁判では、具体的に組織的ストーカー行為が露見し、宗門破門され、会員が脱会し宗門に戻る事を恐れ、寺院の前で出入りする信者両脇に車を停車させ常時チェックしていた「広宣部」のような謀略部隊の存在。
更に会員脱会阻止の為の暴力、悪口、思想の強要、集団リンチ。
敵対団体、批判者に対する中傷キャンペーン。
盗聴、盗撮、ストーカー行為、これらは池田創価のお家芸とも呼ぶべき代物と言わなければならない状態です。
1999年の連立政権で政権与党に入ってから、ネット等で集団ストーカーという被害について少しずつ表に現れた事を考え合わせると、会員の脱会阻止の為に使われていた行為が、敵対者批判者に対して行われ出したと考えても不思議ではないと思います。
何れにしても信仰の欠片も無い行為を知る時、嘆息の思いと憤りに耐えないものであり、末端信者の哀れさ情けなさを禁じ得ないものであります。              2020年3月レポート押越
ストーカー犯罪被害者にとって、天敵のような存在、創価学会について成り立ちから
考え、外部からは伏魔殿のような組織が理解出来ずに、いたずらに恐怖する事を避け、被害者の
疑心暗鬼を少しでも少なくする為に考えてみましょう。
創価学会とは?
元々は新興宗教ではない、既存の宗教、鎌倉時代(1290年)日蓮聖人から始まり続く仏教系、
日蓮正宗富士大石寺を総本山とする宗教の信者の一つ集まりだった。
       総本山大石寺住所 静岡県富士宮市上条2057
教義  釈尊の法華経を基とした日蓮聖人の三大秘法
三大秘法成就
◉本門の題目 (1253年千葉県清澄山で、日蓮上人が初めて唱えた『南無妙法蓮華経』の七文字)
◉本門の本尊 (1279年日蓮上人の顕した大曼荼羅、戒壇の大御本尊と言います。末法万年救護御本尊)
◉本門の戒壇
       (日本国民一同に題目を唱えた時、国家鎮護の根本道場として天皇から万民の仏国土実現の国家意思として
        建立する戒壇堂、これは『時を待つべきのみ』とこ後世の弟子に託した。広宣流布の暁の戒壇と言う。

1930年 昭和5年 創価教育学会発足 一代目会長牧口
1946年 昭和20年 二代目戸田城聖 折伏の大行進
1957年 昭和32年 大阪事件公職選挙法違反 池田逮捕
1960年 昭和35年 池田大作三代目会長に(32歳)
1961年 昭和36年 国立競技場に男子部10万人の集会
1964年 昭和39年 公明党発足
1970年 昭和45年 共産党宮本委員長宅盗聴事件
          池田国会の証人喚問の声、言論出版妨害事件
1971年 昭和46年 本門の戒壇で宗門、創価、顕正もめる
          信濃町本部襲撃事件、顕正会解散処分
1972年 昭和47年 正本堂完成
          田中角栄訪中 公明党竹入委員長が橋渡し
1975年 昭和50年 創価学会インターナショナルSGI発足
1976年 昭和51年 月間ペン事件
1981年 昭和56年 山崎正友弁護士事件
          創価学会文化祭を各地で開く
1986年 昭和61年 池田大作レイプ事件
1991年 平成3年 創価学会宗門から破門
1992年 平成4年 池田大作宗門除名
          宗門と創価学会泥沼の争い
1995年 平成7年 オウム真理教地下鉄サリン事件
          オウムの池田暗殺計画
          東村山市議会議員朝木明代飛び降り自殺
1997年 平成9年  伊丹十三監督飛び降り自殺
1999年 平成11年 小渕内閣に於いて公明党自民党が連立
2000年 平成12年 ストーカー規制法制定

2005年 平成17年 矢野絢也黒い手帳事件
2009年 平成21年 清水由紀子さん自殺
2015年 平成27年 池田大作死去
2022年 現在 池田大作生きていたっら94才
2024年 池田大作死亡公表
        独裁者なき創価学会は衰退していくでしょう。

 

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